ラテと鳥

自販機の抹茶ラテがうまいかまずいか、教室の黒板で投票が行われてた。

しかも正の字を使うのではなく、鬱の字で。まぁ画数が29画あるから、40人前後には手頃なのだろう。

しっかし、美味い方の鬱の字は左トップの木にも到達しない有様。

そんなにまずいのかー?一度試してみなくては…。

職員室の自販機にはそろそろ温かい飲み物が入るらしい。

リクエストは?と聞かれて咄嗟にココアと答えた。確かにロイヤルミルクティーストレートティーやお茶、コーンスープもいいかもだけど、真っ先に浮かんだ優しく甘く包んでくれる期待。

藤沢駅前の夕方はヒッチコックのあの映画みたいになってる。

空を覆うスワーム。

鳴き声の大轟音。「ギャーギャー」「ギュルギュル」「ミチミチ」って言われてるが、ぎゅんぎゅんぎゅーんって聴こえることも。

益鳥だが糞害はあるか

みな毎年のことと慣れっこになっているようだが、いったいどこからあんなに集まるのだろう。

一羽一羽はあどけない感じだけど、集団になるとね!

椋鳥、ムクドリ。群れ木鳥からの派生とか。

英名は White-cheeked Starling または Grey Starling。スズメ目ムクドリ科。

スズメが基本なんだー笑

モーツァルトもペットに、しかも曲を与え、俳句では季語になってるとか。

一茶がやかましい椋鳥みたいな信濃の田舎者扱いされて悔しくて詠んだ歌が

椋鳥と人に呼ばるる寒さかな

森鴎外の海外情報コラムでも日本人を自虐的に揶揄し、椋鳥通信と名づけたらしい。

宮沢賢治の新編 風の又三郎の中の「鳥をとるやなぎ」の鳥も百舌ではなく椋鳥らしい。

昔、ムクの家族が旅立つ時に、一斉に電線に並んでるのを母が指差して

ほら、ご挨拶してるのよ と言っていたのを思い出す。

以下、抜粋。

けれどもその時間が終り、礼も済んでみんな並んで廊下へ出る途中、私は慶次郎にたずねました。
「さっきの楊の木ね、煙山の楊の木ね、どうしたって云うの。」
 慶次郎はいつものように、白い歯を出して笑いながら答えました。
「今朝ごんべえ茶屋のとこで、馬をひいた人がそう云っていたよ。煙山の野原に鳥を吸い込む楊の木があるって。エレキらしいって云ったよ。」
「行こうじゃないか。見に行こうじゃないか。どんなだろう。きっと古い木だね。」私は冬によくやる木片を焼いて髪毛にこするとごみを吸い取ることを考えながら云いました。
「行こう。今日ぼくうちへ一遍帰ってから、さそいに行くから。」
「待ってるから。」私たちは約束しました。そしてその通りその日のひるすぎ、私たちはいっしょに出かけたのでした。
 権兵衛茶屋のわきから蕎麦ばたけや松林を通って、煙山の野原に出ましたら、向うには毒ヶ森や南晶山が、たいへん暗くそびえ、その上を雲がぎらぎら光って、ところどころには竜の形の黒雲もあって、どんどん北の方へ飛び、野原はひっそりとして人も馬も居ず、草には穂がいっぱいに出ていました。
「どっちへ行こう。」
「さきに川原へ行って見ようよ。あそこには古い木がたくさんあるから。」
 私たちはだんだん河の方へ行きました。
 けむりのような草の穂をふんで、一生けん命急いだのです。
 向うに毒ヶ森から出て来る小さな川の白い石原が見えて来ました。その川は、ふだんは水も大へんに少くて、たいていの処なら着物を脱がなくてもわたれる位だったのですが、一ぺん水が出ると、まるで川幅が二十間位にもなって恐ろしく濁り、ごうごう流れるのでした。ですから川原は割合に広く、まっ白な砂利でできていて、処々にはひめははこぐさやすぎなやねむなどが生えていたのでしたが、少し上流の方には、川に添って大きな楊の木が、何本も何本もならんで立っていたのです。私たちはその上流の方の青い楊の木立を見ました。