囓る③

感情に振り回されるな、感情は理性や判断を曇らせる、と考えるストイシズム。

後期ストア派の第一人者がエピクテトスだ。奴隷の生まれで、痛みや飢えなど多くの困難にあってきたらしい。鞭打ちのせいで片足を引きずって歩いた。たとえ身体が奴隷化していても、心は解き放てる、思考は自分次第、という彼の根本理念はこの経験に依る。

彼の哲学は北ベトナム上空で撃ち落とされた米軍パイロット、ジェームス・ストックデールをインスパイアする。4年の投獄、拷問や孤独にも大学で受けた授業を思い出し、耐え生き抜いた。敵地にパラシュート降下する時に既に屈しないと心に決めていた。

このタフな哲学は古代ギリシャで始まったが、花開いたのはローマ帝国キケロセネカによってであった。特に人生の儚さや避けられない老いについて説く。

キケロは哲学者でありながら、弁護士や政治家だった。「老年について」という本の中で、彼は歳を重ねると浮上する主に4つの問題点について述べている。働くことが難しくなり、身体は弱まり、身体を動かす楽しみも減り、死が近づく。加齢は避けられぬもの、だが、そのプロセスにどう対処するのか選択できると。少しずつしかできぬのなら、効率よくやればよい。運動することで、心身は必ずしも劇的には衰えないだろう。身体を動かすことが楽しくなくなってきても、友情や会話を慈しむことに時間を割くことで得られるものも多い。魂は生き続けるのだから、死を恐れることはない。悲観的になることはない。

ストア派を広めたもうひとりの偉人セネカも人生の儚さについてこう述べている。人生が長いと文句を言う人は少ないが、人生は短すぎると感じる人は多い。もう数年あればやり残したことができるのにと嘆く。セネカはこの考えを否定した。キケロと同様、あらゆることに長けていて、戯曲も書き、政治家でもあり、卓越したビジネスマンでもあった。時間が足りないのではなく、時間の使い方がなっていない、最大限に時間を活用すべきだと。例え何千年も寿命があったって、人生が短すぎると言う人は、時間を無駄にして、同じ文句を言う。正しい選択をすれば充分に人生は長い。金を追うばかりで他のことをやる時間がなかったり、飲みや愛欲の罠に落ち時間を根こそぎ使い果たしたり。船に乗り込み嵐にあったからといって航海をしたとは言えない。荒波に呑まれただけだ。もっとも貴重で有意義な経験をする時間も見出せないくらい自己制御ができないのは、真に生きているとは言えない。過去の記憶、自分が逃してきた機会を振り返ることを恐れるな。多忙とすることによって、やり損ねた真実を見失い、自己を隠そうとすな。大衆から離れて隠遁生活を送れ。そして哲学を極めろ。

セネカは自分が説いてきたことを実際の習いとして体験することになる。皇帝の妹との不倫でコルシカ島に8年もの間流刑になったが、12歳の皇子ネロの家庭教師となるべくローマに呼び戻された。後に演説原稿や政治の助言なども行うが、ネロ皇帝暗殺計画に加担したとして告発される。自殺を迫られ、自ら命を絶つが、ストイシズムに違わずその終わりは平和で平穏なものであった。

ストア派は人生を穏やかにするためのサイコセラピーの一種とも考えられる。感情を廃せば、ある面で救われるかもしれないが、支払う代償は大きすぎる。冷淡で心がなく、人間らしささえ失うだろう。

加齢に対する対処の仕方はふぅんと思うが、人生に対する姿勢は自分とは対極にある思考だゎー。